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永仁の壺

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永仁の壺

    永仁の壺

    偽作の顚末

    松井覚進 著

    朝日新聞社
    1990年
    定価 本体1,214円+税

    amazon.co.jp
本書のあらまし
 朝日新聞の「空白への挑戦」というシリーズで連載(1990年)された記事に、その後の追加取材などによって得られた情報を加え、一冊にまとめられたのが本書だ。連載当時大きな反響があり、松本清張(1909-1992 小説家)は翌日の新聞が待ち遠しいくらいだったというほど、熱心な読者のひとりだったらしい。
 本書が刊行されるまで、「永仁の壺」事件について書かれた書籍はなくはなかったが、あってもどこか不鮮明な、想像力で補うような部分があちこちにあった。そのため巷間では、噂や憶測、また不確かな断片的な話としてしか語られてこなかった。
 これ以上の時間が経過すれば、鎖の輪はますます失われてつながらなくなってしまう。そこで著者は不可解で曖昧なこの事件を見直すことに挑み、多くの新しい証言や資料を当たって得られたデータを吟味・検証し、本書を書き上げた。その甲斐あって、事件の全体像と実相がくっきりと浮かび上がってくる良質なドキュメンタリーに仕上げられ、現在でもなお色褪せず、読み応えは充分だ。「永仁の壺」事件がリアルに迫ってくる、総括に近いほどの決定版といえる。
本書の魅力
 「永仁の壺」事件とは、鎌倉時代の後期、永仁2年(1294年)の銘が彫られた「瀬戸瓶子」が愛知県春日井郡の古窯址から掘り出されたとされ、1959年には国の重要文化財に指定される。しかしその壺は、贋作だった。文部省、美術業界、陶芸界を巻き込み、後に重文指定が取り消されるという前例のない大事件に発展してしまう。そして主人公は陶芸家・加藤唐九郎(1898-1985)と、文部技官だった小山冨士夫(1900-1975)のふたりだから、一層の興味もそそられようというものだ。
 本著が優れたルポルタージュなのだから当然だが、文部省、美術館、団体、陶芸家、研究者、収集家など、実在の人物が次々に登場する。偽作の壺の出現によって、小山や岡部嶺男(1919-1990 加藤唐九郎の長男、陶芸家)は歩みを踏み外すことになり、あるいは、多少なりとも影響を受けて後の世を生きる人もいるであろうことが、深く描かれている。
 この本のやり残したことはほとんど見あたらないが、厚顔を承知のうえでひとつだけ挙げるとすれば、それはもうひとつあるはずの「永仁の壺」(水野四郎政春・銘、本書でいう永仁の壺1号)の在処を明らかにできたならばと、一方的に期待することくらいだろうか。
 人に欲望がある以上、もちろん美術品と贋作には切っても切れない因果関係がある。「永仁の壺」事件が発覚して以来半世紀を迎えようとする現在でも、多分、本書を手に取る大方の読者の関心や驚きは大きく、当時とほとんど変わらないだろう。
 「陶は人なり」が、小山冨士夫の口癖だった。もしそうだとしたら、昭和の名工といわれる加藤唐九郎の作品に、今後、鑑賞者はどう接すればいいというのだろうか......。そんなことを心の奥で思いながら、最後のページを読み終えた。
お薦め指数
資料的価値
インパクト
味わい
著者プロフィール

MATSUI Kakushin 1937年に神奈川県鎌倉市に生まれる。62年に早稲田大学政治経済学部卒業、朝日新聞社に入社。72年~76年、78年~83年に同社名古屋本社に勤務。著書に「ゴルフ場廃残記」(藤原書店)、「人物十一景」(青木書店)、「阿波丸はなぜ沈んだか-昭和20年春、台湾海峡の悲劇」(朝日新聞社)、「パタゴニア自然紀行」(朝日選書)、「私たちの浅草」(朝日ソノラマ)など。

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