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故郷忘じがたく候

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故郷忘じがたく候

    故郷忘じがたく候

    

    司馬遼太郎 著

    文藝春秋
    2004年
    定価 本体476円+税

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本書のあらまし
 大河ドラマ「篤姫」(NHK 2008年放送)は、かなりの人気があったらしい。幕末の頃、島津28代藩主・島津斎彬の養女となったお篤(後、天璋院)を中心に描いた物語だ。そのため屋敷内のシーンなどでは、小道具のひとつとして、たびたび白薩摩の香炉などが使われていた。
 それに触発されて、今回はこんな本を紹介しよう。本書は、著者・司馬遼太郎が鹿児島に旅をし、広げていた地図上にたまたま苗代川(今は美山)と記されているのを見つけて驚き、その地に訪ねるという紀行随筆だ。なぜその地名に反応したかといえば、著者には苗代川という名称に遠い記憶があったからだ。京都での新聞記者時代、訪問先の町寺で見た壺が、確か薩摩の、苗代川だったと......。
 そうして訪ねて行った先の陶屋が、薩摩焼の名門にして旧士族でもある沈壽官家だ。現在の当主は15代目が無事に継承しているが、訪問当時はその父君、先代の14代との邂逅があった。その場でのいくつかのやり取りを主軸に据え、合間に江戸時代の旅行記に想を得たらしい歴史小説仕立ての掌話を差し挟みながら、読み手の気持ちを逸らさない巧みな展開と、伝わってくる筆者の控えめな情熱が、いかにも心地よい読後感としていつまでも残る本だ。
本書の魅力
 やきもののを焼く、古い薩摩の風土を残しているというその村の、美しく丹念な描写が印象的だ。また例えば、陶芸家としての14代沈壽官氏が、父である先代の命を受け、「御前黒」という黒薩摩の逸品を焼き上げる逸話などが、工芸ファンとしてはもちろん興味深く読めるだろう。
 しかし、沈氏らの祖先である韓人陶工たちが、およそ400年前、秀吉の慶長の役の折に島津義弘らに捕らえられ、日本に連れてこられた運命や、異国の地で陶人として生き続け、少なからずこの国のやきものに影響を与えた陶磁の歴史にも思いは至る。東西の交流、といってしまえばその本質を見失うのかも知れない。混じり交わっていつの時代も文化は醸成されてきたが、その底辺では涙を流しながら権力の犠牲になった民のなんと多いことだろうか。
 祖国を見晴るかす東シナ海が臨め、どこかしら故郷の風景にも似た苗代川の地に根を降ろした韓人陶工を祖に持つ日本人陶工・沈壽官氏の、健気にして頑固に、だが、真っ直ぐに生きてきた薩摩隼人らしい人柄には、やはり強く打たれる。そして同時に、日本とは、日本人とは一体なにかと著者に畳みかけられて、ついに自らの胸の奥を振り返りつつ、日本人とはと、遅ればせながら思いを巡らさざるをえないのである。
お薦め指数
味わい
読みやすさ
インパクト
著者プロフィール

SHIBA Ryotaro 1923年、大阪に生まれる。60年に「梟の城」で直木賞受賞。66年には「龍馬がゆく」「国盗り物語」で菊池寛賞受賞。72年、吉川英治文学賞を受賞。81年に日本芸術院会員となる。82年、「ひとびとの跫音」で読売文学賞受賞。83年、朝日賞受賞。84年、「街道をゆく 南蛮のみちⅠ」で日本文学大賞受賞。88年には「韃靼疾風録」で大佛次郎賞受賞。91年に文化功労者となる。93年、文化勲章受章。96年に没。

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