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琉球布紀行

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琉球布紀行

    琉球布紀行

    

    澤地久枝 著

    新潮社
    2004年
    定価 本体705円+税

    amazon.co.jp
本書のあらまし
 かつて著者が琉球大学の大学院に籍を置き、沖縄に暮らしていた当時(1998年~2000年)、雑誌「SINRA(シンラ)」(新潮社)に連載(1999年1月号~12月号)したものを下敷きとし、それを単行本(2000年)として刊行するのに当たって、さらに再取材をかけ、新たに全体を書き下ろし13篇に仕上げてまとめられたという労作だ。
 合間には雰囲気たっぷりの作品写真やスナップなども多く入れられていて、撮影は那覇在住の垂水健吾氏、装幀は島田隆氏が担当し、文庫版(2004年)ではさらに、島田氏が本文デザインも手掛けることでなおよく調和し、とても読みやすくなった。また、写真の新たなカットが加えられ、単行本より刷り色もぐっと向上している。なかでも大島紬や宮古上布などの作品は、まるで別物のように墨色が締まって見えて美しい。そして文章にも一部、ルビが追加されていたりして、総合的な書籍としての質は単行本より文庫版の方が上、と感じた。もし読後、書棚に本をとっておきたい派の読者なら、本書に関していえば文庫の方が断然いいと思う。
 沖縄など琉球の島々と奄美で仕事をする染め、織り、藍作りの、どちらかといえば人間国宝クラスなど、主に、実績あるベテランや工房の優れた手技を中心に追いかけていて、その至高の領域にまで至ったプロセスに、作者各々の人生を重ねるようにして丹念に描かれている。
 もちろん、歴史の陰にあって見えにくい人々を浮き上がらせるルポに定評があり、なかでも昭和史の掘り起こしが得意な著者ならではの視線と筆によるのだから、戦争や時代の波間に揉まれながらも、手仕事を続けてきた染織家らの執念と達観がリアルに、見事に描かれている。
 それと、もうひとつ忘れてはいけないのは、澤地久枝氏のきものに対する興味と取材力、それに沖縄に生活している機を逃さず、このテーマでの執筆を段取りした企画者の敏感な着想があって、本書が実を結んだことも書き留めたいと思う。
本書の魅力
 戦争に人生の計画を余儀なく変更させられた作り手の不屈の志に、沖縄や奄美の気候、自然や風土が相俟って、ここに紹介されているような美しい布を、再び生み出すことができたのだと読んでいて得心がいく。しかし、せっかく再生したこれらの布が、今後も健やかに生き続けることができるかといえば、そうともいえない現実も見えている。
「それぞれの土地に、それぞれの染めや織りが生まれたのは偶然ではない。その土地にもっともふさわしい布を人びとは生み出していったのだ。それを着る側にも、きものが生まれた背景を考えてみるゆとりと愛情がのぞまれる」(「奄美大島紬」)と、著者が迷いなく書けるのは、「きものを愛し、きものを楽しんで着る生活者」(「はじめに」)だからだろう。
 たとえば琉球の伝統的な楽器・三線は、居酒屋やちょっとした宴席などでも頻繁に演奏され、現代の日常によく溶け込んでいる。石垣島などでは、子供たちから年寄りまで、老若男女が三線や民謡を習うのは普通のことという。しかし、その三線の奏者らが着ているものはといえば、どこにでもありそうなTシャツにジーンズ、せいぜいアロハシャツに似たかりゆしなど生活者の装いであり、残念ながら那覇でも東京でも、ヤマトのきものは普通の暮らしに浸透しているとはいい難く、そのことに、もう目をつぶることはできそうもない。
 ひょっとしたら「人びとの愛用と、窮極の作品作りとの間に距離がひろがらないようにと思う」(「喜如嘉の芭蕉布」)と記される一文は、取材の途中、あるいは執筆の最中に著者の胸の奥で繰り返し思い起こされていたのではなかったろうか。
 はっきりといえば、染織など工芸の分野に未来はあっても、きものの将来像は見えにくい。つまり、染織の仕事がきものに留まろうとする限り、先の路はなかなか拓けていかないのである。著者が本書に書き記した上の一文の真意は、その先を探そう、皆で将来を手探りしようと、そのことを言おうとしているように思えてならなかった。
 琉球の染織家たちを訪ねた旅の優れた記録集でありつつ、また、ヤマトのきもの文化の今後のあり方について問う書でもあるように感じられた。
お薦め指数
読み応え
読みやすさ
ヴィジュアル
著者プロフィール

SAWACHI Hisae 1930年に東京に生まれる。54年に早稲田大学文学部卒業。中央公論社の編集者を経て五味川純平(1916-1995 小説家)の助手となる。72年、「妻たちの二・二六事件」(中央公論社)執筆から、ノンフィクション作家として本格的な活動をはじめる。78年、「火はわが胸中にあり-忘れられた近衛兵の叛乱 竹橋事件」(角川書店)で日本ノンフィクション賞受賞。79年、「日本史のおんな」(文藝春秋)にて文藝春秋読者賞受賞。81年にエイボン女性年度賞功労賞受賞。86年に「記録 ミッドウェー海戦」(文藝春秋)にて菊池寛賞を受賞。2008年に朝日賞受賞。他の著作に「密約 外務省機密漏洩事件」(中央公論社)、「烙印の女たち」(講談社)、「滄海(うみ)よ眠れ ミッドウェー海戦の生と死」(全6巻)(毎日新聞社)、「画家たちの妻たち」(文藝春秋)、「わが人生の案内人」(文春新書)、「好太郎と節子 宿縁のふたり」(日本放送出版協会)、「発信する声」(かもがわ出版)など多数。

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