トキメキ図書室

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染めと織りと祈り

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染めと織りと祈り

    染めと織りと祈り

    

    立松和平 著

    アスペクト
    2000年
    定価 本体2,200円+税

    amazon.co.jp
本書のあらまし
 書籍用紙とうまくマッチして、派手とはまるで異質な染め色の艶(あで)やかさや、織られた布の素材感が滲み出て、ところどころのページに配された作品のカラー写真が、深く、とても美しい本だ。もちろん織物への淡い憧れがあってのことだったが、最初、本書を読んでみようと思った動機は、そんなところにもあった。
 季刊「美しいキモノ」(アシェット婦人画報社)にて、1993年夏号~98年春号にかけて連載された「染めと織りと祈り」に加筆のうえ、再構成して一書にまとめられたものだ。
 盛岡(岩手)から石垣(沖縄)までの、20カ所で仕事をしている、どちらかといえばベテランよりも、主に独立してまだ間のない、これから日本の染織界の一端を担うであろう将来性ある作り手や工房、保存会などを訪ねてまわった旅の記録集だ。
 日頃、染織をテーマに扱った本に親しまない読者からすれば、少しばかり敷居が高いかとも思う。しかし冒頭、著者・立松和平氏による「染織家に学ぶ」(序にかえて)によれば、「なにしろきものについてまったく無知だった」「きものを着るといったら、旅館の浴衣ぐらいのもの」とあり、そうだと知って、きっと多くの読み手の構える気持ちはすーっと和らいでいくだろう。この世界の門外漢だと正直にいう著者とともに各地を旅し、工房を訪ねる仕立ての本だから、専門については分かりやすく触れられていて、自ずと親近感も湧いてくる。
 また、作品の解説や作家観に重きが置かれるというよりも、むしろ各々の染織家の作り手としての苦難と喜びに、それぞれの人生を映すような滋味ある物語として紹介され、とても読みやすい。
 工房周辺の風景なども瑞々しい文章によって切り取られて描かれ、旅情が誘われる。情緒豊かに、著者独特の朗々と歌い上げるような旋律に乗って全編が書き進められ、ひと息に読み終えてしまいたいと思わせるのはさすがだ。門外漢には打ってつけの、染織に急接近するための最初の入門書にふさわしい一冊になるだろう。
本書の魅力
 本文中に立てられた見出しのひとつに、「六畳一間の賃貸アパートで紬織りをスタートした 貧乏だけど、心は自由だった」とあるのを見つけ、何気ない言葉の羅列ながら、こころ打たれるものがあった。そして本書を読みはじめてもずっと、この言葉が尾を引いてひっかかっていた......。
 ページをめくっていくと、山野に自生する様々な植物の名前や、それを媒染することによって現れる色が次々と紹介され、入念に記録されているのが分かる。また制作工程なども、写真と文字によって詳しく追われていて、面倒だろうが現場での丁寧な取材の様子が、手に取るように伝わってくる作りの本でもあり、好感が持てる。
 染織など工芸は、元々、その土地に固有の素材や技術を用いて、独自の発展を遂げてきた。植物や昆虫などから染料や糸を得るために、作り手は周囲に拡がっている風土をよく理解し、そうして作られたものが、時代とともに、人々の暮らしのなかに活かされて生きながらえてきた。それは本書でも、言葉を換えて繰り返しいわれていることだ。
 ところが、美しいと感じる色や模様によって成り立つ見事な染織品は、現代のこの国の、一体、どこで生きながらえていくのがよいのだろうかと思うと、途方にくれてしまうのだ。年に数回、あるかないかの特別な日や習い事でなく、現代の生活、つまり日常の衣食住のなかに、この本に紹介されているような、今、染められ、織られするものは、どれほどの生きる道を見つけられているのかと、考え込んでしまう。残念ながら、心が自由であってもずっと貧乏ならば、作り手の生活はままならないはずだ。もちろん、それらに対する正しい答えを本書のなかに求めようとしたり、一方的に、その責任を押しつけてしまうつもりも毛頭ない。染織を文化遺産にしないためには、情熱と知恵を集めて手探りするしか方法は残されていない。それとももう、激しく移り変わる時代には抗えず手遅れなのか。
 そんな転換点にあって、「一本の糸を染めて、布に織ることに人生を賭ける」健気な人々を訪ねては話を聞き、やがてこころを動かされる。そして著者・立松和平氏は、「染めと織りには、喜びや希望や悲しみや祈りが染みていると、改めて思ったしだいである」と本書を結んでいく。染織の美と喜び、同時に染織の抱える不安や将来への課題にも気づかされるところに、この一冊に集約された奥深い魅力があると思うのだ。
お薦め指数
読み応え
ヴィジュアル
資料的価値
著者プロフィール

TATEMATSU Wahei (1947-2010)1947年に宇都宮市に生まれる。70年に「自転車」で早稲田文学賞新人賞受賞。71年に早稲田大学政治経済学部卒業。80年、「遠雷」で野間文芸新人賞受賞。86年に若い作家のためのロータス賞受賞(アジア・アフリカ作家会議)受賞。93年、「卵洗い」で坪田譲治文学賞受賞。97年、「毒-風聞・田中正造」で毎日出版文化賞受賞。2002年に「道元の月」の台本により大谷竹次郎賞受賞。07年、「道元禅師」により泉鏡花文学賞受賞。08年、「道元禅師」により親鸞賞受賞。小説のほか、紀行、エッセイ、戯曲など多数。2010年に死去。

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