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千羽鶴

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千羽鶴

    千羽鶴

    

    川端康成 著

    新潮社
    1989年
    定価 本体438円+税

    amazon.co.jp
本書のあらまし
 自らが所有していたロダンのブロンズ彫刻「女の手」を、ぐっと身を乗り出すように覗き込む和服姿の小説家のポートレイトを、きっとどこかで見た憶えのある人は多いはずだ......。
 我が国文学界の巨匠・川端康成は、美術品のコレクターとしてもつとに知られている。しかも、いわゆる骨董趣味とは異なり、残された収集品を見渡すかぎり、日本の美術に重きが置かれてはいるが、視線は広く古今東西に向けられた本格派コレクションを成した。
 古くは縄文の土偶やガンダーラ、あるいは鎌倉時代の彫刻など。またロダン、ルノアール、ピカソらがあるかと思えば、日本画では東山魁夷を中心に、安田靱彦、山本丘人、小林古径、加山又造などを所蔵し、また山水画、俳画、版画、書と守備分野も幅広い。
 そして工芸品では、文士らしく陶製の硯、水滴、筆架と文具の数が際立っている。さらに本書の「注解」(郡司勝義 編)によると、「身のまわりに置いて愛玩していたといわれている」長次郎の赤楽茶碗を所持し、近代以降では富本憲吉(1886-1963)、北大路魯山人(1883-1959)の食器や加藤唐九郎(1897-1985)の志野茶碗など。なかでも黒田辰秋(1904-1982)の塗り物は好みだったようで、手箱、盆、棗......と目立った存在だ。
 そんな実際の素顔と見識を持った著者により、本書では主人公の青年と縁を持つ円熟の女が、やきものの志野の美に重ねられ、なぞらえつつ書かれている。その中年女性の持つ妖艶さの虜になっていく青年を通し、同時に、日本固有のやきものの美の深さが官能的に描かれる。果たして志野の魅力なのか、それとも女の艶やかさに誘われているのか、にわかに判別がつきかねるほど入り組む部分もあって、それがそのままこの小説の魅力へといつの間にかすり替わっていき、なんとも不思議な感覚が読後に残って尾を引くような、幻想的な作だ。
本書の魅力
 いきなり茶会へのシーンからはじまるこの小説は、当然のように、茶道具としてのやきものがあちこちに現れ、しかも、それぞれの器が役割を担わされているような気がする。つまり、それらを前に所持していた人の痕跡を残したまま登場してくる。茶の湯を介して主な人物たちが出会い、そこに桃山時代に作られたであろう古志野の水指や、湯呑みなどの名品が、より重層的に絡み合う。
 だから、どちらかといえばやきものの鑑賞に通じている読者ほど、この小説には得心がいき、共感も生まれやすく理解が深まるのでは、と思う。ざっと挙げても、黒織部の茶碗、志野の水指、赤楽と黒楽の筒茶碗、志野の湯呑み、小服の唐津など、いずれも優品と思わせる名器を惜しげもなく使わせ、著者独特の秀逸な筆捌きによってそれぞれの作が生々しく描かれ、読むほどに興はつきることなく次々と湧き上がってくる。
 主人公の青年は、亡父の愛人だった夫人とたったひと夜だけ交わり、しかし、その感覚から離れがたく忘れられなくなる。この巫山の夢のような出来事を背徳とするか、否かは意見の分かれるところだろうが、少なくとも、官能的な魅力に満ちたその女は、罪の意識か、または青年と会えないもどかしさなども錯綜してだろうか、それらの苦しみから逃れるようにやがて自殺する......。しかしそういった出来事の描写にも、見えを切るような、とりたてて大袈裟なものいいなども見られず、むしろ静かに、淡々と物語のなかに消え入りそうに流れていってしまうのが印象深く、美しい。
 だがやがて読者には、表面からは気づきにくいそれら静けさの裏側に、熾き火のように暗く燃え続けて消えない熱が、確かにあるのだと伝わってくる。無欲恬淡としているように見え、その実いつの間にか逃れがたく、「最高の名品」の虜となって心身ともにとらわれていくのは、ひょっとするとこの青年に定められた運命でもあり、また、美や愛を自ら所有したいと願う人間の欲望の所作によるものかも知れないとも思わせるのだ。そして、それらからは誰も逃れられないという、恐怖すら伴って迫ってくる。
 本書は、やきものを中心とした日本独自の美が文学と融合され、さらに美術品のコレクターとしての著者の美意識や関心が色濃く感じられる点からも、興趣に富んだ名作だといえる。なお、郡司勝義(1932-2007 文芸評論家)による本書の「注解」は、分かりやすく微細にわたって述べられていて、工芸ファンにとっても、改めて優れた案内になるだろうことを、ぜひ付記しておきたいと思う。
お薦め指数
味わい
ストーリー
読み応え
著者プロフィール

KAWABATA Yasunari(1899-1972) 1899年に大阪に生まれる。1924年、東京帝国大学国文学科卒業。35年に芥川賞の選考委員となる。44年、第6回菊池寛賞を受ける。48年、日本ペンクラブの第4代会長に就任。52年に「千羽鶴」によって芸術院賞受賞、53年に芸術院会員となる。54年、野間文芸賞を受ける。58年には国際ペンクラブ副会長に選出。61年に文化勲章を受章する。62年、「眠れる美女」で毎日出版文化賞受賞。68年にはノーベル文学賞を受賞する。72年にガス自殺。「感情装飾」「伊豆の踊子」「海の火祭」「浅草紅団」「雪国」「故園」「夕日」「舞姫」「古都」「みづうみ」「山の音」「たんぽぽ」など。

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