トキメキ図書室

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青磁砧

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青磁砧

    青磁砧

    

    芝木好子 著

    講談社
    2000年
    定価 本体1,200円+税

    amazon.co.jp
本書のあらまし
 この物語の主人公は陶磁器のコレクターだ。それも、時には血の出るような思いで、なけなしの資金をはたいてでも作品を手に入れてきたという、筋金入りの個人収集家だ。サラリーマン生活を終えて定年した柳瀬隆吉というこの愛陶家と、そのひとり娘で、美術関係の出版社に勤める須恵子が、陶芸作品の収集という親子共通の関心事を間に挟んでストーリーは展開していく。
 ところでタイトルともなり、本書のなかで重要な役を担う青磁を焼く作家・高能次郎は「猿投山の麓のさびしい集落」で仕事をするという設定だ。これについては、東京国立近代美術館(2007年)などで開かれた「岡部嶺男展」図録の年譜によれば、1971年9月、「小説家・芝木好子が、嶺男をモデルとした青瓷作家を描いた『青磁砧』を『群像』に発表」とあり、その前年頃に、岡部嶺男(陶芸家 1919-1990)の工房へと取材に訪れていると著者自らが雑誌(「「炎芸術」」22号 1988年)に寄せたエッセイで明かしている。
 そうなると、隆吉のコレクションの対象である「景山泰良の志野、織部、黄瀬戸」のモデルが気になってくる......。泰良は川沿いの大きな割烹旅館のロビーの正面に陶壁を制作したと書かれ、これはきっと玉野川沿いにあった老舗料理旅館「千歳樓」(春日井市 2003年に廃業)だろうから、多分、景山は嶺男の父である加藤唐九郎(陶芸家 1897-1985)と推測できる。ついでにいうと、隆吉が親しくしている「美術評論家の榊達介」は、鎌倉・大塔宮に住んでいるとされ、これはもう小山冨士夫(陶磁器研究者・陶芸家 1900-1975)として間違いないだろう。さて、最後に残る謎はといえば、隆吉のモデルは一体、誰なのか?
 そういった素材となった実在の関係者たちの様々にも想いを巡らせつつ、陶芸ファンならずとも目を逸らさせずに、ひと息に読み進むことのできる小説だ。
本書の魅力
 本書中において、柳瀬隆吉が永年かけて集めてきた巨匠・景山泰良の代表作は当然として、柳瀬親娘のこころを打つ高能次郎の焼く青磁作品、なかでも「粉紅」「月白」、そしてライス・イエローと呼ばれる、恐らく窯変の「米色青磁」は、著者の筆力によって美しく、魅力一杯に描写されている。
 物故作家や巨匠などといわれる有名作家の作品は、現実の美術工芸のマーケットにおいても高値で取り引きされているが、そんな市場を支え、結果的に作り手を援助し続け、この小説に描かれる柳瀬隆吉のような本格の収集家が著しく少なくなった、といわれて久しい。
「隆吉のコレクションは他の一切を犠牲にしなければ成り立ちえないもの」であり、だが「一品一品全力を挙げてかちとったものというきらめき」もある。「見境もない所有欲とうらはらの金策のきびしさが彼の一生の連続」だったが、「生きるのがやりきれない気分の時、優美な志野を抱くと、これさえあればいいといった、心中の相手を見るような気になった」と隆吉は思うのだ。つまり、もう人生の一部などでなくそのものだともいえる。それほどまでに陶芸作品のコレクションに打ち込む人がいなくなった、と現実のやきもの界は嘆いているのだ。それらの原因分析は別稿に譲るとして、早くから自らの人生の歩みに重ねられる対象やテーマがあり、こころに深く納められているのは、辛さや苦しさも伴えど、結局それが、人としての豊かさ、幸せにも通じていくのだろうという気がする。
 新しい出会いのたびに、ひとつの苦労が芽生えるのは必然として、それを避けるか、それともその辛苦をも含んでもなお人として新たな次の一歩を踏み出し、生きようとするかという選択についてまでも考えさせられてしまう。
 そしてこの小説では、陶芸家や作品制作について実に興味深く魅力的に述べられてはいるが、ただやきものが登場する物語として、また、収集家のひとりの人間としての喜怒哀楽に留まって読むだけでは充分な受容とはいえないだろう。むしろ、そこをベースに導き出される父と娘との間に生じる反発や歪み、愛憎、そして最終的には親と子の互いの自立と成長を主題として扱った小説として受け取るべきものと思えるのだ。
 時代を越えて、親子の関係を考えるうえで示唆に富み、その本質の一端が描かれていて秀逸なのである。
お薦め指数
読みやすさ
ストーリー
読み応え
著者プロフィール

SHIBAKI Yoshiko(1914-1991) 1914年に東京に生まれる。府立第一高等女学校を卒業。42年に「青果の市」により第14回芥川賞を受賞。61年「湯葉」で第12回女流文学者賞受賞。65年に「夜の鶴」により小説新潮賞受賞。72年に「青磁砧」にて第11回女流文学賞を受賞。82年に芸術院恩賜賞を受賞。84年に「隅田川暮色」にて第16回日本文学大賞受賞。89年に文化功労者となる。91年に死去。他に「洲崎パラダイス」「隅田川」「丸の内八号館」「黄色い皇帝」「羽搏く鳥」「光琳の櫛」など。

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