1,000本インタヴュー

第001回 センテンモン・インタヴュー

加藤委 KATO Tsubusa センテンモン・インタヴュー 001

消えたハードル

 もちろん、土ものばかりでなく、これからも磁器の仕事も続けていくつもりです。
 僕が青白磁のあの皿を作りはじめた頃は、磁器をやっている人がまず少なかったですね。まぁ、変わり者(?)の磁器の作家としては川口淳さんくらいで(笑)、そんなにいなかった。いわゆる磁器の食器をやっていらっしゃる方は、もちろん多くいましたけど。
 でも最初の頃の地元での評価は、厳しかったです。縁がこんなギザギザな青白磁なんてまず食器として使えない、それに造形がよくないからダメ、とかいわれたものです。僕は造形力はないかもしれないけれど、勢いがあるのでいいんじゃないかって思っていたけどダメでしたね。それで東京に作品を持っていって、最初にサボア・ヴィーブル(港区六本木)で認めて頂いて……。
 僕は当時、造形力というものがなんだか分からなかったんですね。たとえば芸大とかを出て、公募展で賞とか与えられて造形力があると審査の先生方からいわれれば、自分も造形力があると思えるかもしれないけど、そういうものはないですから。だから、それはわかんなかったですよね。
 白磁の焼締めは、ずいぶん昔から窯の中には入れていました。磁器を薪窯で焼くってのもあんまりないじゃないですか。それは薪窯の面白さからですよね、自然に。青白磁はこれからもずっと続けていくけど、薪窯をやる場合でも磁器を入れて、また青白磁とは違ったものになればと思ってます。青白磁から変わるってことではなく、別のものとしてやっていくつもりです。


 作り方として僕は、器を作る時は、僕はタタラ作りとロクロ作りで、手捻りはほとんど使わないんです。部分的には手捻りをすることもありますが、ほとんどしない。そういった自分の中での作り方があって、タタラでもオブジェ(陶の立体造形)を作るし、ロクロを使ってオブジェを作るときもあるし。だからそういう点で、形が器とは違って見えても、オブジェじゃなく見えても、器みたいな形をしているけれど、それはロクロを利用した造形物といいたいんです。
 器……、たとえば口が開いていて、ものが盛れるから器とかっていうふうに単純にそうなると思うんですが、自分のなかではそうでなく、この部分は器でもいいんだけど、オブジェとしてこういうこといいたいんだよ、ってことがあるんですね。昔は割とモジモジしていたんだけれど、そのへんのハードルは、僕はもうなくなっているということですかね。


 でも以前は、作るうえでも、意識のうえでもはっきりと器は器、オブジェはオブジェと分けられていましたね。
 いうことも「それぞれ違うことをいわなくちゃいけないかな」、とか思っていたんですね。それが器だろうがオブジェだろうが関係なく、いいたいことはいうよと、もう自然にできている、いうことはいうよ、となってきたような感じです。そのハードルをとっぱらっちゃったということです。だから、オブジェ作るのも、器を作るのもすごく楽になりましたね。
 やっぱりひとつの造形物を作るとなると、技術的なものを越えながら作っていかなくちゃいけないという、苦しさがあるじゃないですか。それが、ある程度のところまで行ったかなというか、自信がついたという感じですね。手応えは……、まあ、あるわけですね。
 まあ、それなりにやってきましたからねぇ。


 新しく窯を築いて、これからどういう仕事をしようと思ってるかというと、もちろん今までの延長ですが、ただ僕としては、原点に戻ってきたわけです。
 多治見市小名田は生まれ育った土地ですし、小さいときに野山を駆けめぐっていたところに窯を作るわけじゃないですか。それはなんか、自分にとっても思い出深いところに窯を作るわけだから。それから周りには古い、桃山時代からの窯跡とかがあるところで仕事ができるってことは、自分でもすごく嬉しいし。
 今までは離れていて、全然違った環境だったから。けど、陶産地にはそれなりの先生方ばっかりいるじゃないですか。そこに行くわけです。
 ただの若者のイメージとして先生方のなかにあるだけで、僕のことは視界にまったく入っていないはずなんです。ところが最近、ちょろちょろと僕のことをどこかで聞くようになったとかで、「なんじゃあ、あいつは」、みたいな感じになってきていて。それで今度、ド真ん中で仕事することになったから、ちょっと緊張してます、ですよね。





 桃山時代に焼かれた郷土のやきもの・志野や黄瀬戸を誇りに思い、偉大な存在と認めて賞賛するが、ところがそうはいっても、それを作るのは自分の仕事とは思っていないところが、この陶芸家の鋭いところだ。見るのは好きだが、それを作者として作るのとでは感覚が違うと感じているのである。
 結局、そういう視座があるから、なにかをなぞるように作ることなく、どこにいても、この作り手ならではの独創的な作が生まれ、新たななにかが焼き出される可能性に期待したくなってしまう。
 自信がつき、手応えもあるという陶芸家の、次の一手が楽しみだ。


(取材協力=瑞玉)

「川小牧白磁水指」

「川小牧焼〆手跡皿」部分

「川小牧白磁花入」

節目となる新作展の会場で20年間の仕事をふり返る作者。(東京・瑞玉ギャラリーにて 2009年4月)
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