1,000本インタヴュー

第001回 センテンモン・インタヴュー

加藤委 KATO Tsubusa センテンモン・インタヴュー 001

土と出会う運命

 少しぶっきらぼうな強面にも見えるが、素顔はなんとも人懐っこい作り手だ。
 加藤家の本家は、桃山時代から16代続く陶家という。その血筋がそうさせたかどうかは知らないが、「これならやれる」と思ってやきもの作りを仕事に選び、人生と作陶とが渾然一体となって絡み合い、走り続けてきたようにも見える陶芸家だ。
 荒々しく棘の生えた磁器のオブジェ、手が切れそうな刃のような縁をした美しい青白磁の器、危ういバランスの、しかし堂々とした茶碗……。土のなかに、感覚という手を突っ込んでつかみ出すようにして形を作り、素材に命を付与するように焼成する加藤委(かとう つぶさ)氏の作品は、だからいつも鮮烈な印象を残す。
 これからもそういう作り方は変わらないにせよ、今年、ひとつの節目を迎えようとしている。20年間活動の拠点としてきた岐阜県加茂郡富加町を離れ、生地である多治見市小名田へとアトリエを移すという。40回の焼成を繰り返した(富加町)川小牧の薪窯を壊し、新たな窯を小名田に築こうとしている。これを機に、会って話を聞いてみたいと思った。(取材・構成=編集部)






 節目はもちろん感じますよ。
 アッという間の20年でした……。この5月(2009年)には、(富加町)川小牧の工房での「ファイナル・ファイヤー」です。これまでの窯を壊して、次に進むというのは、なにか感じるものがありますね。20年前はなんにも知らなくて、いつもぶっつけ本番みたいにしてやっていた。誰でもそうでしょうけどね。これからは、今、頭のなかに入ってるものを結集させて、なんとかいいものを作りたいと願っています。


 もともと川小牧は縁もゆかりも全然ないところで、土地勘もなんにもなかった。たまたまふらっとバイクで行ったところが、いいんじゃないのってことです。そこにたまたま土が出ましたし。たまたまですよ。僕の土ものは全部、川小牧の田圃の下から出る土なんですよ。
 僕が窯を作っている時に、近所のおじさんがやってきて、「なにをやっとるんや?」とか聞かれて、「いやぁ、陶器焼く窯を作ってんです」とかいって。そしたら「ここは昔、瓦を焼く粘土が出たんやけど、瓦焼く粘土は茶碗にならんやろう」。「いやぁ、全然なります!」ってことで。
 で、実際にちょっと掘らしてもらったら、そしたら下から粘土が出てきたもので、もうビックリ。
 美濃の方の土とはちょっと違うんですよ。川小牧の粘土は河川の堆積物なんです。それに田圃だから有機物が入っているし、それで質感が違ってくるし。可塑性というか、ネバ味もなんとなく違いますね。耐火度もこっち(川小牧の土)の方が低いし、個性はありますね。
 ちょっと備前みたいな、田土みたいにも見えたりして。その土を使い続けているんです。ストックはまだあるんですが、今はそれを使い切ろうとも思わないですし、仕事場が多治見に移ったら移ったで、多治見の土を使えばいいと思いますしね。

「川小牧白磁焼〆壺」 作品はいずれも2009年(撮影協力:瑞玉ギャラリー)

「鉄絵茶碗」

「川小牧白磁ドラ鉢」

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