宮脇昭彦と読む「柳宗悦」

【生活のなかで使われる道具作り】

宮脇氏が皿に描いた赤絵の幾何文様。陶芸家として手仕事を大切にしながら、プロダクトデザインとの結びつきを意識した創作に独自性がある。

--宗悦は、雑器の美を最初に認めたのは「初代の茶人たちであった」といい、高麗茶碗を茶器として取り上げた茶人の眼を賞賛しています。「井戸茶碗」はもとは飯茶碗で、典型的な雑器として使われていたからですね。そういう茶人の眼が、柳宗悦自身のものの見方にも重なるということですか?

◆それが千利休(室町時代の茶匠、茶の湯の大成者 1522-1591)の思惑と結びついたりすると、いかがわしい部分もでてきたりするのかも知れませんがね。そういう美意識は、やきものを作っていると、「やきものはどこがいいんだか、さっぱり分からない」と人からよくいわれて感じるんです(笑)。この汚らしいののどこがいいか分からない、とかね。

--日本の陶芸には、茶陶という独自な領域があって、少なからず全体に影響をおよぼしながら、一方でそれを牽引して独特なものを作り上げてきたという事情があると思います。立場によって意見は分かれますが、茶碗は茶道具? それとも表現物ですか?

◆実は、あんまり茶碗は作りたいものではないから(笑)。ただ、やきものをやっていて、お茶に関わるものはマーケットで高値に取り引きされていて、そこからはずれれば値が付かない、というのは、ものの良さの問題ではなく、お茶に使えるか、使えないかその1点での評価であり、日本ではそこでものの価値が変わってきます。それは骨董屋さんの眼なのかもしれないし、道具屋さんの眼なのかも知れない。でもやきもの作りをしていると、その誘惑というのはうんと強いかも知れないですね。



技術伝承こそがアートの使命


--道具のことでいえば、「用途への奉仕」が工芸の心であるとか、さらに、「美は用の現れ」であり、「用と美が結ばれ」て工芸となる、などと柳は「用と美」の表裏一体をなす濃密な関係を繰り返し説いています。この用と美が強く寄り添って織りなす工芸観は、現代の工芸を取り巻く様々なシーンでも根強く存在していて、たびたびその観点から解釈され、一方的な見方によって安易に処理されてしまっているようにも思えて、気になります。その点でも、柳宗悦のマニフェストの影響は今も多大だと痛感します。

◆私自身は「用の工芸」というのか、生活のなかで使われる道具作りというものの一環としてやきものを作り、ものを捉えている視点なので、そこから見ればいわば芸術至上主義というか、どうしてこういうものが近年また復活してきたのかと思いますね。
 というのは、我々の歴史のなかで、たとえば工芸の歴史のなかで、工芸を芸術にという意識が文展(文部省美術展覧会)や文展を改めた帝展(帝国美術院美術展覧会 1927年に第4部「美術工芸」が新設)のなかで昂揚し、そういう勢力というか見方が強くなってくれば、工芸だから用の姿はとっているけれど使えない、というものも作られるようになります。使うことを目的としない工芸は、なにも日本にはじまったわけでなく、西欧でも中国でもたくさん作られ、歴史的にそういうものの存在もあるわけですけど。
 ただ今までのものは、用の工芸の姿を借りて見せるものを作るという、そこにある意味での用との接点を残して、人との共感性を保つというところがあったけれど、今日の場合、それまで持っていた工芸の属性を断ち切ることによって、それが新しくなったのか、というような錯覚の世界に入っていってしまっているようなところもある……。もちろん、それはそれで存在していても一向に差し支えないのですが、逆に、それによって用途を伴う工芸が評価されないというか、社会の中で認識されなくて、日頃使うものは評価の対象にしなくてもいいというような空気が世の中に蔓延してしまうと、それはちょっと嘆かわしいなという気がします。

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