宮脇昭彦と読む「柳宗悦」

宮脇昭彦 MIYAWAKI Akihiko
1939年に兵庫県に生まれる。東京芸術大学美術学部工芸科卒業。現在、愛知教育大学名誉教授、明星大学造形芸術学部客員教授、クラフトセンタージャパン理事長、日本クラフトデザイン協会会員、日本工芸会正会員。

 現代の工芸にアプローチしようとするとき、使い手や鑑賞家、作者など様々な立場の違いはあっても、大正末期から昭和にかけて民芸理論を構築した柳宗悦(1889-1961)のものの見方や考え方が広く浸透し、いまだにそれが工芸界の随所に色濃く見え隠れし、波及しているのを実感することは多い。「民藝」という新しい言葉が生まれて80年を経てなお、宗悦の打ち立てた「工藝」に関わるマニフェストを、振り返らずに行き過ぎることはとてもできそうにない。
 そこで今回は、宮脇昭彦特集のひとつとして、柳の工芸論のなかでも主要なテキストとされる「雑器の美」「工藝の美」を宮脇氏とともに読み、それを共通テーマとして話を展開させてみたいと思う。柳の論考や視線を主題として語るうちに、宮脇氏自身の工芸観や作者としての背景が浮かび上がることを期待しつつ、話ははじまった。



茶の湯の美意識から連なるものの見方


--柳宗悦に関心を持ったというか、意識したのは、いつ頃でしたか?

◆私の場合、柳宗悦自身に関心を持ったというよりも、民芸に直接的に肌に触れて感じたというのは、親の影響ですね。理屈の前に、家で使う器とか、とくに民芸ということだけではないのでしょうけど、父親は若い頃から関心が強くあって、民芸店や古道具屋に出かけては、安いものでも面白いと思えば買ってきて、それを家で使っていたんです。
 そんな習慣があって、普段の生活のなかにあったというのが根底にはあるのでしょうね。食事の最中にやきものの話になったりするような環境だったから、それは、多少、柳被れしていたかもしれない。ただし、やきものはやるべきものではない(笑)、やきものに深入りすると身を滅ぼす、とかいわれていましたよ(笑)。

--民芸に興味を持ちはじめ、最初に宗悦の著作を読んだのは?

◆父が李朝のものに興味があるということで、日本民芸館に連れて行かれたり、博物館に行ったりしていました。ただ、そんなに民芸に凝り固まっているわけでもなかった。
 宗悦を読めといわれたこともなかった気がします。自発的に読んだように思いますね。中・高校生の頃。しかし宗悦にのめり込んだという記憶もないので、通過したという感じだったと思います。

--結局、東京芸大に進学し職業としてのもの作りの道へと進まれたわけですが、宗悦はよき作には作者の名が見えず、「工藝は無銘に活きる」といい、優れた工芸品に個性を認めていません。確か以前、宗悦のいうこういった「無銘性」に共感した、とかいうような話をされていました……。

◆それは宗悦というよりも、むしろデザインという切り口で、基本的にデザインはアノニマス(anonymous〈作者不明の、匿名の〉)なものとして捉えて、そこで成り立っていくものだということです。工芸のあり方は、別に工業デザインに限らず、基本的にアノニマスなところで成り立っていることでものの価値が正当に評価され、存在しているのが好ましい姿だというのが、デザインを考えるなかででてきたのだと思います。

--昨今では、工業的な工芸品でもデザイナーの名が際立っているものも多く見受けられるようになりました。むしろ、デザイナーの名を後ろ盾にしているとさえ思えます。

◆一部にはそういうものがありますが、局部的にそういう傾向があっても、多くの人がそれを意識してものを使っていることはないと思いますよ。例えば、森正洋(1927-2005 陶磁器デザイナー)さんの醤油入れといったって、普段、ほとんどの人が気にしてはいないですよね。
 宗悦がいいたいのも、そういう無銘の工人たちによって作られてきた手仕事のなかに、好ましい姿のものがたくさんあるんだということなんでしょうけどね。

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