展覧会への招待

Exhibition previews & reviews

  • 2009年8月20日~2009年8月26日
  • 吉筋恵治 作陶展
  • Exhibition of YOSHISUJI Keiji / 京王百貨店新宿店 (東京都新宿区西新宿 TEL.03-3342-2111)

 穴窯を使って、個性的な焼締め陶を焼き続けている吉筋恵治(よしすじ けいじ)氏の新作展が開かれている。出品作はどれも、信楽産の黄の瀬土を用いて制作され、工房のある静岡県周智郡辺りの赤松材を使って焼成された作だ。灰の被り方や、自然釉の流れ方が各々違って見えるのは当然として、明るい作から暗い印象の色まで、こんがりと柔らかに焼き上がったものから、激しい窯変となって窯出しされた作品まで、色や焼き上がりの幅はかなり広く、同じ窯での焼成変化とは思えないほど多様だ。
 これらの作は、窯詰めを規則的に、あるいはルーティーンとしては決して行わず、その都度、焼き上がりを計画的に変え、これまでの経験と知識を活かして、次を探し、新しさに挑戦して得られた焼成結果だろう。
 また造形面からいえば、中心となっている出品作は、大壺、花器、鉢などだが、伝統的な、オーソドックスな形態を意識した作がある一方で、この作者らしい不思議な形のものも目にき観客を楽しませている。それらの作の着想は、たとえば農耕具や武具、また古代の銅器など、古い時代のものから得られる場合が多いという。「焼締めはもともと原始の技法だから、古いもののなかから形のアイデアを探し、それによって新しさを表現したい」と作者は考えているのだ。
 そうして辿り着いた焼締め陶の形には、用途の伴わないものもある。たとえば、「弥勒さまの手」「自然釉窯変次郎柿」「自然釉窯変林檎」などの作は、いわゆるオブジェだ。ただ、菩薩の掌などには窪みがあるからそこに水を蓄え、樹の葉や木の実でも置けばシャレた花入になるかも知れない、とは思わせた。ともあれこれらオブジェと器の間を、意識過剰に陥らず、苦にすることなく軽やかに往き来しながら、自由に作っているようにみえる。制作の根底に、もし優れたものができれば、鑑賞するだけの作でもそれを見る誰かの役に立ち、また、安らぎを感じてもらえるかも知れない、という思いが滲むからだ。そういう熱が見る側にも伝わるのだろうか、遠方からわざわざ本展に駆けつけて作品を求めるファンもいるようだった。
 陶産地ではなく、もちろん伝統もない場所で、個人的な創作としての焼締め陶テーマに掲げて焼く作者として、今後の活動が注目される陶芸家のひとりだろうと思った。

 

上左●「自然釉窯変弥勒さまの手」(発表価格=105,000円)は工夫次第で花入としても使えそうだ。他に「薬師さまの手」などの作も発表された。
上右●しっかりと焼き締められた「自然釉大壺」(発表価格=472,500円)には風格が感じられた。

古い武具や馬具などから花入の形を思いつくこともあるという。さて、「自然釉窯変尖形土器」(発表価格=126,000円)の原型は、なんだろう?
「自然釉窯変次郎柿」(発表価格=36,750円)。工房のある静岡県・森町は献上次郎柿の産地として知られており、その柿を焼締めで作ろうとする発想も面白い。
およそ70点ほどの本展出品作は、焼成の変化により様々な装飾的な違いが楽しめる。初日には、遠方から飛行機を使って会場にやって来る熱心なファンもいた。
産地で焼かない短所も長所も感じているが、静岡県で焼締めの仕事を続ける障害や不安はないという作者・吉筋恵治氏。
  • 2009年8月 1日~2009年10月 4日
  • 伊藤公象 WORKS 1974-2009
  • Kosho ITO WORKS 1974-2009 / 東京都現代美術館 (東京都江東区三好 TEL03-5245-4111)

 石川県金沢の彫金家の長男に生まれ、結果として土を素材に選び、しかし壺や茶陶などを作るいわゆる伝統的な創作とは一線を画しつつ、35年あまりの歳月を歩んできた特異なベテラン作家が伊藤公象氏(いとう こうしょう 1932-)だ。
 だから早くから国際的な芸術・美術展などに出品し評価を得る一方で、国内の工芸界とはやや距離を置きつつ仕事をする、独創的な作者ともいえる。そして、そういった志向は、そのまま作品作りにもよく現れているといっていいだろう。
 いわゆる器とはスケール感がまったく異なり、作品が大型であることなどから、これまで一会場にまとめられて鑑賞する機会に恵まれてこなかった。アトリエのある茨城県笠間市(茨城県陶芸美術館)での公開に続き、代表作ばかり20点ほどが、いよいよ東京で展示されはじめ、注目を集めている。
 表現素材を土に限定し、土だからこそ生じる襞(ひだ)や亀裂、自然なカーブや断面などの表情をとらえて作品に取り込んでいく。作るというよりも、むしろ土の性質をそのまま引き出すことに細心の意識が払われ、作者の視点は土を観察したり、あるいは、それらを象徴的に見せるための工夫に集中しているとも感じられる仕事だ。無作為な、いわば土の自然な姿や痕跡を焼いて、陶に変じて見せていく。
 これらの作品の特徴は、いくつものパーツが集まり、作品によっては2000個もの小片によって作品全体が構成され、インスタレーション展示されることだ。もちろん絵画や器物とは違うこれらの作品からは、同種のものが多数集積したときにのみ生じる「集合美」があり、また、宇宙を漂う塵やガスが集まり、温度を上げ、やがて星に生成されていくのに似た不思議な、内包されたエネルギーの胎動が感じられる。整然とした秩序と混沌、作為と無作為が出会って生まれた生命力を、これらの作にはっきりと感じることができる。
 美術の概念を問い直すために、たまたま土を使って表現し続けてきたのか、あるいは、土でなければならなかったかについては、作者に直接問わなければ不明だが、これらの作は実に印象深い陶芸作品として眺められるのだ。
上左●伊藤公象氏。東京都現代美術館(MOT)の広大な展示空間に合わせて再構成される大型インスタレーションは、もちろん本会場でしか見られないダイナミックな展示となり必見だ。 

上右●「木の肉・土の刃」1991年 高松市美術館蔵 撮影:内田芳孝


*同展の関連行事として以下が予定されています。
■アーティスト・トーク
 9月20日(日) 13時~14時 伊藤公象氏による作品解説

 

◆チケット・プレゼント
本展の招待券を、ペアで5組(10名)の読者の皆さまに抽選のうえプレゼントします。
ご希望の方はお問い合わせフォームからお名前と、内容欄に「伊藤公象展 チケット希望」と記入し送信して下さい。なお、発表は発送にかえさせていただきます。<<多数のご応募をありがとうございました。「チケット・プレゼント」は締め切らせていただきました>>

「木の肉・土の刃II」1993年 愛知県美術館蔵 撮影:内田芳孝
「土の襞 踊る焼凍土」2008年 作家蔵 撮影:内田芳孝
「客土シリーズ 長石による襞 No.2」2000年 作家蔵 撮影:山本糾
展示室入口。正面には特徴的な展示を暗示させるような「44の染体」1976年

 「富本憲吉記念館」(奈良県生駒郡安堵町)の創立者であり、兵庫県在住の収集家として知られた故・辻本勇氏(1922-2008)の遺族から、このほど富本憲吉(1886-1963)作品の寄贈(2008年12月 陶磁器120点、書画30点)が兵庫陶芸美術館にあり、それを記念した「受贈記念 富本憲吉展」がテーマ展として同館において開かれている。
 富本憲吉は、日本の現代陶芸を多少なりとも系統的に見ていこうとする場合、避けては通れない重要な作家だ。東京美術学校で建築と室内装飾を学び、イギリス留学を経て、生活に密着した芸術としての工芸を志すようになった。やがてやきものに傾倒していき、日本の近代陶芸への歴史の扉を拓いた作家として、我が国の陶磁史上、欠くことのできない陶芸家として位置づけられている。また作品は造形面から見ても、装飾性においても独創的であり高く評価されていて揺るぎない。
 また富本と同じ奈良・安堵町出身の辻本勇氏は、郷里で富本と出会って親交を結び、その人柄と芸術に深い尊敬の念を抱いたといわれている。そして、事業のかたわら富本作品を収集するようになり、作家の没後は、私財を投じて記念館の設立に奔走し、同館開設後は収集した作品を広く一般に公開してきたよき理解者だった。
 今回の受贈記念展に展示されている作品は、大和時代(1912-1925)42点、東京時代(1926-1945)59点、京都時代(1946-1963)19点と、各制作ステージに及んでいて偏りがない。技法でいえば、楽焼、土焼、青磁、白磁までの作品が含まれ、象嵌、筒描き、染付、色絵、金銀彩と多様多彩で、この作家の全貌をひと通り俯瞰することができる内容だ。とくに大和時代では楽焼などの最初期の作、独特な形状の白磁の壺や色絵磁器などは東京時代を代表するものとして見ることができる。また、京都時代からは、この作家を象徴する作域ともいえる作品なども展示されていて見逃せない。
 なお、芸術と生活の結びつきを視野に入れていた作家らしく、一品制作されたものばかりでなく、日常生活で使われることを目的とした作も含まれていて、これらは見ていると親近感も湧いてくる。この作者ならではの工芸思想の現れの一端として受け取れるだろう。
 コレクター・辻本勇氏の見識と情熱、富本陶芸の創意と美を重ね合わせて見て楽しむことのできる展覧でもある。
上左●「柿釉色絵丸窓富貴字飾箱」 1936年 作品はいずれも兵庫陶芸美術館蔵 上右●「楽焼富貴長春字徳利」 1913年

 

■学芸員によるギャラリートーク
 8月2日(日)、16日(日)、30日(日)、9月13日(日)、22日(火・祝) 各11時30分から

「染付色絵曲る道模様飾皿」 1957年
「鉄描銅彩花字皿」(5点組) 1956年
「赤地金彩梅花模様蓋付飾壺」 1931年
「染付蕎麦手八角蓋付壺」 1941年
  • 2009年7月25日~2009年7月30日
  • 松田米司 陶展
  • ギャラリーサンキエーム (松山市三番町 TEL.089-931-8100)

「如何に内地の場合とは違って凡てが自然であり、純粋であり、誠実なものである」と柳宗悦(YANAGI Muneyoshi 1889-1961)は「琉球の富」(1939年)のなかで、沖縄のやきものを見た感想を書く。
 沖縄のやきものは、南・北から、また西側からも伝わってこの島で交わり、4、500年を経て独特の様式を作り上げてきたと考えられている。本州や九州などの陶産地にも広がった多様な技法が使われてきたが、形や装飾には産地に特有のものが継承され、また作者・松田米司(MATSUDA Yoneshi)氏の明かな個性が濃厚に感じられる作が出品されそうだ。
 松田氏の作るやきものは、沖縄県中頭郡読谷村にある工房で作られ、共同窯で焼かれている。この窯は4人の作り手により、共同管理・運営されている大窯であり「北窯」と名付けられている。古くからこの地は様々な土を産し、泡盛の甕などに用いられてきた琉球南蛮が焼かれてきた土地としても知られている。この窯では、それらの土、釉などの素材作りから焼成まで、また伝統的な技術などを一貫した工程・システムとして受け継ごうとし、そして、現代に活かされる器作りを制作の基本理念においている。
 そんな環境下で作られる松田氏の作る器の特徴のひとつは、使いやすく丈夫で、健やかであり、土地柄を深く呼吸しているように感じられる。落ち着いた、また時に鮮やかに発色する釉が施され、そして単純な模様を装飾としていながら、それは現代の感性をほどよく映しているパターンであることが多い。
 たとえば、ただの点や円、すーっとした釉の流れ、あるいは大胆な波模様などであることが多い装飾は、一見、ぶっきらぼうかも知れないが、食卓に並ぶと異彩を放ってシャレている。たくさん作ることから学んだ手練れはもちろん、この作り手ならではの美意識があってこその意匠だ。そしてこれらの作が優れている証は、長く使っても飽きず、それどころかいつの間にかなくてはならない器に育っているということだろう。
 そしてもうひとつの魅力は、価格が極めて廉価に抑えられている点だ。そのものの持つ価値と価格の伴わないものが世の中から厳しく淘汰されつつある時代にあって、かねてから松田氏はこのキャリアにして、いつも謙虚にあり続けようとしてきた。きっと、多くの犠牲のうえに成立した発表価格ではあろうが、これでこそ価値ある「民の器」と思え、多くの共感を呼んでいる。
 「私はなに人か?」「どこから来たか?」と絶えず問い続け、沖縄を決してないがしろにせず大切にしたいと思う作者の信条が、その土地固有の素材を選んで感謝しつつ用い、結果として、使いやすく、親しみやすい形と模様のやきものを生んでいるのだと思わせる。
 本新作展では、鉢、皿、ピッチャーなど日常に使えるものばかり、100余点が出品される予定という。

上左●シークワーシャーの浮かんだ冷たい水がいかにも似合いそうな「ピッチャー」H30.3㎝ (発表価格=7,350円)は、もちろんどんな使われ方だって許容範囲だ。

上右●流れた釉が素朴でパワフルな「一尺皿」W30.3㎝(発表価格=12,600円)。

丸い文がとても可愛らしい「皿」W13.6㎝(発表価格=1,260円)は、超ロングセラー。
飛び鉋の模様のみならず、単純に見えながら手数をかけて作られる「浅鉢線彫り絵付」(発表価格=3,675円)は、しかし、使う人に気遣いをさせない。
「角皿」(発表価格=2,100円)は、北窯で焼かれる作のなかでもとくにモダンな感覚を持っていて、ポップな魅力があって楽しい。
「ワンブー」W18.2㎝(発表価格=2,100円)。濃紺の、荒々しく描かれた文様は珊瑚礁の波だろう。涼しげに感じられ、夏にこそふさわしい鉢かも。

 昨今の、美濃地方を主な発信源とする「うつわブーム」の中枢のひとつは、多治見市陶磁器意匠研究所の修了者たちの制作によって支えられている。このふたりもその一端を担い、同期生として意匠研で学んだ。独立して10年を過ぎようとする今、作家としての制作の方向性も定まってきているようにみえる。
 川端健太郎氏(KAWABATA Kentaro)は磁器土を用い、手捻りによって器やオブジェを作る。やや歪ませた器の形は、自然な動きが損なわれない程度に整理しまとめられていて、器種によっては、そこに鎬(しのぎ)や削りを施し、個性や強さが付加されている。また、花入や水滴などでは、作者なりの機知をきかせた造形的解釈、あるいはアレンジがあって興味深く見られた。とはいえこの作り手の持ち味は、とくに装飾にあると思われた。あらかじめ素地にガラス片を埋め込んで焼成したり、抽象画を描くように筆で釉を置き、それが流れて溶け合う結果を予測しつつ、慎重に制作されている。なかでも出色だったのはスプーンだ。南国の白い砂浜にでも半ば埋まっていそうな、自然物に近い色と、屈託のない自由な形をしている。ここに作者の特徴と魅力、そして実力がぎゅっと凝縮されているのでは、と感じた。
 一方の横山拓也(YOKOYAMA Takuya)氏は、長く粉引(白化粧)による器を追いかけてきた。ロクロによって美しく成形され、シンプルな潔い形が基本におかれている。ところが、縁作りや口辺などではシャープさがはっきりと感じられるように意識され、強調し、リズミカルに仕上げられていることが多く、心地よくメリハリが効いている。また、白化粧はタオルなどにふくませて素地に押しつけながら塗られており、それによって伝統的な粉引とは異なる、独特の素材感が得られている。
 作者によれば、眉間に皺を寄せつつ「芸術的な表現」を叫ぶというよりも、今は作品の醸し出す「たたずまい」、つまり、作品自体が自ずと漂わす雰囲気や、柔らかな存在感のようなものに、創作の視点が置かれているという。その感覚こそを大切にしようとする制作姿勢だ。長く仕事を続けていけば経験が育まれ、人間的な成長も、技術も、また感覚も集積されて、やがて創作の糧となることを知っているのだろう。
 作り手のこうした様々な思いと、器を見る観客との相互の感覚の一致が、今の器人気の底に流れている「信頼関係」のようにも感じられた展覧だった。

上左●本展会場ではこの2作家による3年振り2回目の展覧となった。
上右●左が横山拓也氏(1973年神奈川県に生まれ、98年に立教大学卒業)。右が川端健太郎氏(1976年埼玉県に生まれ、98年に東京デザイナー学院卒業)。そしてともに2000年に多治見市陶磁器意匠研究所を修了し作家活動に入った。

造形的なメリハリが鋭く効いた横山氏の作。作品が放つ「たたずまい」を大切に作られている。
揺らぎの感じられる「カップ&ソーサー」(発表価格=7,350円)は横山拓也作。こころが動かされるような軽やかさが楽しい。
自然物であると思わせるほどの見事な人工の極み。素材感と装飾性が個性的で印象深い「スプーン」は川端健太郎作。
器とオブジェの境を苦もなく往き来し、その間から生まれる川端作品にはまるで屈託が感じられず美しい。「しのぎ鉢」(発表価格=23,100円)

 京都の陶家に生まれて、いわゆる「第3世代」といわれる作家・山田晶(YAMADA Akira)、藤平寧(FUJIHIRA Yasushi)、森野彰人(MORINO Akito)各氏による3人展が開かれている。この3作家は関西の陶芸界を牽引するであろう、あるいは、少なからず影響を与えているいずれも中堅の実力派であり、しかも今回の顔合わせによる発表ははじめてということも手伝ってか、会期前から高い関心を集めていた。
 山田氏と藤平氏に聞いたところによれば、3人はそれなりに親しい関係でありながら、だが密着するほどの仲でなし、ほどよい距離感を隔てた間柄が、作品制作にあたっても適度な刺激と緊張感を生じさせたようだった。
 さて出品作の中身はといえば、藤平寧氏は危うい、はかな気な雰囲気を持つ独自な器表現にいよいよ長けてきたように感じられた。刺や突起といった以前からの造形的な特徴は、近年はやや抑制され、むしろシンプルな軽やかさが加味され強調された。そしてそこに、わずかながらの歪みや窪みなどが認められ、有機的な揺れを伴う薄く軽やかな器が抱え込む情緒性、つまり、この作り手ならではの繊細さが震えるように、刺さるように見る側に伝わってきて秀逸だ。
 森野氏の作は、ロクロで挽きあげた曲線を強く意識したであろう作が多く見られた。それらの描くカーブはもちろんとても美しいのだが、それよりもとくに装飾に個性が際立っていた。たとえば、細い線による掻落しや、穿たれた小さな孔などに見られるように、微細な作業を丹念に積み上げ、結局、全体としては特異な装飾的効果にまで持ち上げていくという、独特な手法を採る。そしてそこには、稀な緊張が生まれていることが多いのだ。それはオブジェの装飾でも変わらないこの作者らしさだと、改めて感じられた。
 このところ「猩々緋」という技法で作品作りを進めている山田晶氏の作は、見た目のインパクトからか、多くの観客の耳目を集めていたようだった。この手法を基本に置き、造形と他の技法などを複合的に組み合わせて展開させ、「猩々緋」は円熟期を迎えつつあるようにも感じられた。この技法は(別稿を参照のこと)ここでは詳述しないが、複雑で、執拗な過程を経て、やっと独創的なテクスチャーと効果を得ていることに注目したい。
 3作者に共通の技法を強いて挙げれば、金彩・銀彩が使われているところだろう。しかし、その味わいがまったく違うところにむしろ深い関心をもって見られた。また出品作を総じていえば、代々の陶家に生まれたとはいえ、古物を写したような作柄はまったくなく、反対に昨今流行の器のスタイルを追随する様子ももちろん見られない。どちらかといえば、器は制約が多く個性が打ち出しにくいテーマではあるが、出品作を見る限り、作者としての意志が鮮明に感じられ、結果として独創的な器を作って提示している点で、作者らのプロ意識、または気概のようなものが感じられた展覧だった。

上左●薄く、軽やかに作られる藤平寧氏の作には、哀愁さえ感じられることがあって不思議だ。
上右●左より作者の山田晶、藤平寧各氏。良きライバルでありながら、作者らの間には互いに心地よい刺激があるという。

「猩々緋」という技法によって作られた山田晶氏の作には、漆のような質感がある。
今にもふわりと浮かび揚がりそうな、独特な軽やかさがある藤平氏の作品。
森野彰人氏の作(前)は、とくにフォルムの美しさが印象深い。広々した会場には、小品まで含めて各作者60~70点ほどの作品が展示されていた。
  • 2009年6月18日~2009年6月27日
  • 伊藤慶二 展
  • 一穂堂サロン (東京都中央区銀座 TEL.03-5159-0599)

 会場に入ってすぐ、ハッとして、ややたじろぐように足を止めてしまった観客も、きっと多いのではないだろうか......。「童」と名付けられた作品群が、訪れた人々を一斉に見つめるような場所に展示されているからだ。そしてこれらの作には明らかに「目」がつけられているから、ちょっと驚いてしまう。
 多分、「ようこそいらっしゃいました」と、寡黙な作り手になり替わって歓迎のあいさつを作品にさせている、とでもいうのだろう。観客たちはまんまと作者・伊藤慶二氏(ITO Keiji)の予測通りの行動をとってしまうことになりそうだ。しかし、こういった上質なユーモアが、この作者に特有の要素としてこれまでにも作品に組み込まれていることは多かった。
 会場内の主作品は「場」という作だ。仏足と邪念のイメージとを表現しインスタレーションとして展示している。こういった宗教的なテーマには以前から積極的に取り組んでおり、今回の新作展でもそれらを発展・展開させたような作が確認できる。たとえば、「ひとかた」や「塔」という小品にしても、また、低い位置に置かれた「築」なども、禅的な世界観を象徴的に扱った作品と見える。またとくに今回の展覧では、会場構成まで作者本人によって行われたといい、作品単体はもちろんだが、空間全体の雰囲気からスピリチュアルなものを感じ取ることも重要かもしれないと思われた。
 陶の立体造形から器作りまでを、緩めず、分け隔てることなくひとつの表現活動と見なして取り組む伊藤慶二氏の姿勢には、同業者であるプロの陶芸家らからも信頼が厚い。素材や技術を尊重する仕事、また創作者としての視点や感覚の鋭さが作品から感じられるからだろうかと、本展を見ていて改めて思った。
上左●「場」(発表価格=1,050,000円)は仏足と邪念が組合わさってひとつの作品に構成されたインスタレーションだ。
上右●会場入口を見つめるように展示された「童」(発表価格=472,500円)たちが、訪れた観客を出迎える。

壁面に展示された「おもて」(発表価格=84,000円から210,000円)は、面の意。
「ひとかた」(各26,250 円)
「塔」(各31,500円)
東京では3年半振りの発表となった本展では、会場構成も作者自身によって行こなわれたという。小品も含めて50点ほどの出品だった。
  • 2009年6月11日~2009年6月24日
  • 奈良千秋 展
  • 森田画廊 (東京都中央区銀座 TEL.03-3563-5935)
 シャープな造形を信条としていながらも、しかし柔らかな印象の磁器、というか、ほのかなあたたかさを残す白磁が焼ける稀な作り手が奈良千秋氏(NARA Chiaki)だ。
 なぜ、それらの作が作れるのかといえば、技術的な精度の高さが背景にあるのは当然として、この作者の美意識や生活感が作品にはっきりと現れていて、これらを鑑賞したり使ったりしようとする現代人の感覚に、それらがほぼ一致しているからと感じられるのだ。
 たとえば、いくつかの伝統的な陶産地でやきものを学んだ後、作者は最初の独立の地を東京都に定め、現在は長野県上田市に制作と生活の拠点がある。この選択は古典的な作品を知って学んではきたが、だが一方で、各陶産地の伝統的な様式や、産地に固有の作品形態などから拘束を受けずに意識的に距離を置こうとする、このような感覚だ。結果として、個人的な創作を尊び、それが自由に行えるような環境を整えようとしたのである。
 出品作のなかでそれらの特徴や個性を鮮明に示すのが、丸味を帯びたフォルムに、深く入れられた鎬(しのぎ)の鋭さが同居する面白さだ。ボディーが花の蕾のような、またカボチャのような形をした花入に、これらの魅力がとてもよく現れていると思える。出品作全体にいえるのは、冷たさや堅さに傾かない磁器の素材感を引きだし、さらに造形的には親近感を漂わせながらも決して洗練さが損なわれていないことだ。そしてその点こそが、この作り手の生活感と美意識の体現にほかならないと思えるのである。
 また、花弁型の鉢や皿への人気は衰えを知らず、相変わらず陶芸ファンからの支持は厚いようだった。これらの実用的な食器や小品からも、しっかりと丁寧に作り込まれているのが伝わるからだろう。
 なお、同会場では今回で17回展を数えるという。作者、会場、マーケット側の各々の思いが一体化しなければとても実現できない回数に到達していると感じた。なによりまずその端緒には、根強いファンの関心を刺激するだけの作品作りがあっての17回展と見るべきだろう。
上左●ゆったりとしたボディーラインと、鎬(しのぎ)の強さが渾然となって魅力を放つ「白磁鎬花入」(左 発表価格=157,500円)
上右●やきものの基本を瀬戸で学び、九谷などの窯元で修業を積んだ作者の工房は、長野県上田市の山深い高原にある。
カボチャのような形態のボディーの丸味と、口作りのシャープさが対比をなして不思議な魅力を放つ花入。
しっくりと手に馴染むカーブを描く「白磁徳利」(後左)、リズミカルに鎬が入れられた「白磁鎬水柱」(後右 発表価格=39,900円)は一転してシャープさが際立っている。
曲線を活かした柔らかな磁器の造形を引き出し成功している「白磁掛花入」(発表価格=31,500円)には、可憐な花がよく似合う。
会場にはおよそ100点(組)ほどの作品が並べられた。清潔感があり、また親しみの感じられるこれら磁器の器を、多くの女性ファンが熱心に見入っていた。

 一昨年、京都(アサヒビール大山﨑山荘美術館)で開かれた展覧会に続いて、東京ではこれまでで最も規模の大きな前田正博氏(MAEDA Masahiro 1948-)の全貌を知ることのできる展覧会が開かれる。新・旧合わせておよそ100点ほどの代表的な作品(会期中に一部展示替え)により、作者の作り出す独創的な色絵磁器の魅力に迫ろうという好企画だ。
 有田や九谷、京都などの磁器の産地と並び、色絵を表現手段として選んで作家活動を行おうとする若手が、毎年、東京芸術大学を巣立つために、同校は「東の色絵の牙城」などともいわれる。前田氏もそんな環境のなかで学び、育った作家のひとりだが、白い磁肌の余白を活かし、写実的な花鳥風月や伝統的な幾何学紋様が描かれる色絵磁器の典型とは異なり、個性的で特異な色絵作品を焼く作家として注目されている。
 その特徴は、立体的な磁器の器胎に、まるでキャンバスに油絵の具を塗ったかのように全面に絵付が施されることだ。初個展(1980年)以来、作者によれば「やり足りない感じがして」、作る毎に少しずつ塗られる範囲が拡大し、やがて全体が塗り潰されるようになっていったのだとか。色絵磁器の伝統には余白を残して絵付をするという様式や、既成概念のようなものがある。いわば前田氏の自由な表現はそれらに対する挑戦でもあり、同時に色絵の新たな可能性を示しているともいえるだろう。
 都会的な洒脱さが感じられ、近作ではさらに重厚感も加味され、本展ではそれらの作品が一堂に鑑賞できるという。前田正博氏の色絵の魅力に触れる、絶好の機会になりそうだ。

上左●左「色絵金銀彩面取鉢」H24.5 W25.5cm 2005年 右「色絵金銀彩面取鉢」H24.5 W24.5cm 2006年 上右●「色絵金銀彩輪花鉢」H13.0 W42.5cm  2002年

 

*なお、同展の関連行事として以下が予定されています。
■対談「前田正博の歩んだ道」
前田正博氏×林屋晴三氏(菊池寛実記念 智美術館館長)
8月1日(土) 15時から
■学芸員によるギャラリートーク
7月4日(土)、11日(土)、18日(土)、8月29日(土)、9月5日(土)、19日(土) 各14時から


 

◆チケット・プレゼント
本展の招待券を、ペアで5組(10名)の読者の皆さまに抽選のうえプレゼントします。
ご希望の方はお問い合わせフォームからお名前と、内容欄に「前田正博展 チケット希望」と記入し送信して下さい。なお、発表は発送にかえさせていただきます。<<多数のご応募をありがとうございました。「チケット・プレゼント」は締め切らせていただきました>>

「色茶盌」H8.6 W11.8cm 2009年
「色絵面取水指」H20.0 W14.5cm 2009年
「色絵金銀彩輪花鉢」H19.0 W41.0cm 1987年
智美術館前に掲出されたポスター。来館の目印に!
  • 2009年5月25日~2009年6月 2日
  • 吉田 明 追悼展
  • 柿傳ギャラリー (東京都新宿区新宿 TEL.03-3352-5118)

 昨年、2008年12月に急逝した吉田明氏(1948-2008)の追悼展が開催されており、幅広い層に人気のある陶芸家なだけに、故人を偲ぶ多くの観覧者で賑わっていた。
 修業時代の若い頃、かつて大陸からの技術を導入して開窯した九州の諸窯を廻って学び、また、各古窯跡を発掘した経験が作家としての方向を定めて、基礎となった。初個展(1974年)の折に、当時工房があった東京都八王子市の土を用いて作ったのは三島、粉引、刷毛目だったし、それらはその後も作り続けられて終生の変わらないテーマとなった。
 本展においても定番作品を中心に、絵唐津や黄瀬戸、柿の蔕などの高麗風な茶碗、焼締めと、奥行き豊かな茶陶作品100点ほどが並べられた。とくに熱心に取り組んでいた得意の三島や刷毛目などの作は、丁寧に細工が施されていながら、手際のよさがあるために堅苦しい仕上げにならないのが真骨頂だ。また粉引は素地としっかりと馴染んでいて、化粧土の剥がれなどもなく作りに余裕が感じられるのが魅力だ。しかも14歳の頃からの経験を積んだ焼成技術により、新作でも古色を帯びた表情となって窯出しされるため、大方の愛陶家や茶人らにとっては、泣きどころを押さえられたような心地になるに違いなかったろう。
 器用、手練れの作り手であったが、背後には、ただそれだけではない土や釉などの素材、ロクロや装飾技法、窯や小さな道具ひとつにもこの人なりの合理的な工夫があったことは見逃せない。歴史を含めて、とくに朝鮮半島と日本を結んだやきもの全体をいつも視界に入れつつ作った陶芸家の、60年の生涯を振り返ってたどる思いの展覧だった。

上左●礼賓三島を彷彿させるように象嵌文が細密な「三島茶碗」(発表価格=189,000円)。故人が作ると焼き上がったばかりの新作でも、いにしえの雰囲気を漂わせる。
上右●メディアにもよく登場し人気のあった作者なだけに、会場には観覧者が次々と訪れていた。

近年、新しく制作の拠点としていた新潟県十日町市に見つけた素材を用いて作った「黒妻有沓茶碗」(発表価格=126,000円)も展示された。
酒好きの陶芸家としてもよく知られていて、酒器も生涯作り続けた。やや大振りの手持ちのいい徳利には定評がありファンも多い。
韓国にはよく旅をし、李朝時代の鶏龍山窯を象徴する刷毛目、三島の技法を深めていった。個性的な鉄絵が伸びて走る「刷毛目鉄絵水指」に作者の人柄が偲ばれる。
この会場では1981年に第1回展を開催し、以降、毎年のように茶陶展を行ってきた。回を重ねて29回目の個展がこの追悼展となってしまった。享年60。