神社に残る今土焼の面影

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 東京都内には、今でも250名~300名ほどの陶芸家が、個人で窯を持って制作しているといわれています。とはいえ、伝統的な産地のように陶家が集中する場所とは異なり、あちこちに散在し、それぞれの作者によって固有の作が作られています。
 ではこれまで、歴史的に東京には地場のやきものがなかったかといえば、隅田川焼、高原焼、玉川焼などがありました。特に、東京東部を流れる隅田川沿いからは、かつて瓦を焼くための土が採れていたこともあって、陶器の産地が自然に生まれたようです。
 現在の東京都台東区浅草のほど近く、最近、縁結びの御利益から若い女性の参拝客が絶えないという今戸神社(右写真)があります。ここに江戸時代を代表するやきもの、今土焼発祥の地の碑が建てられています。
imado 3_edited-1.jpg 今戸焼は天正年間(1573-1592)に開窯したとか、また徳川家康(1543-1616)が入府の後に、三河から来た陶工によってはじめられたともいわれています。いずれにせよ、江戸時代には人気を得て隆盛し、瓦や土器、陶製の人形などを焼いていました。時代を経て生き抜き、やがて関東大震災(大正12年、1923年)や東京大空襲などがきっかけとなり、今戸界隈で仕事を続けていた職人たちは徐々に各地に転出していったようです。
 境内には1752年(宝暦2年)に奉納(1822年に再興)された、渋く黒光りする狛犬が今も残っていて、その台座には、土器屋とか火鉢屋、焙烙屋などの名称の元に、42名の当時の陶工の名が刻まれていて(下写真)、それらをはっきりと読み取ることができます。一人ひとりの名を辿って見ていくと、260年ほど前、確かにここでやきものが焼かれていたのだという実感が、足元からじわりと伝わってくるようです。
(三)2012/01/25
◎今戸神社(東京都台東区今戸1-5-22)

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